わたしが思い出づくりに目覚めたわけ

Posted on 2012.09.03

Category: COLUMN_Mani




本コラムのタイトルである”思い出づくり”というのは、ここ1,2年のわたしのテーマでもあるのです。

前回に記した通り、人が生きる、ということは”思い出づくり”と言っていいでしょう。しかしながら、学生の皆さん、若しくはかつて学生だった皆さんは教授や先輩から「10年後、20年後の未来を常に見据えていなさい」という言葉を散々聞かされてきたのではないでしょうか。

こうした、いわゆる”将来のビジョンを持て”という考え方は、”人生思い出づくり”とほぼ真逆のスタンスにも思えます。

“将来のビジョン”というのが、やや近未来から極めて先の未来までを考えることに対して、”人生思い出づくり”は、極めて近い未来から誕生まで遡った過去である以上、その対象範囲はほとんど補集合と言って良いでしょう。

厳密に言えば、”将来のビジョン”に過去は関係してくるでしょうし、”思い出づくり”によって変わりゆく未来は無数に存在するのですが、言葉の持つイメージとして、前者は何だかお堅い印象があり、後者は何処かゆるい、というか、アホっぽさすら感じさせるのではないでしょうか。

かつて”将来のビジョン”のようなものを考えないこともなかったわたしですが、昨年春の震災と原発事故によってこれは一旦白紙にした方がいいのかもしれない。と感じるようになりました。(親類・友人に大きな被害に合われた方がいないわたしですら、そう考える以上、直接被災された方やご遺族の皆さんはどれほど人生を狂わされたのか、言葉にすることもできません。)

現在も復旧、復興作業に当たられている方には全く縁起の悪い話で恐縮なのですが、あの震災の直後、我が国の原子力発電所は往々にしてコントロールできなくなってしまうことを知ってしまったがために、”世界の終わり”という言葉が物凄くリアルに感ぜられるようになったためです。思ったより、世界は簡単に滅びてしまうのではないか。それは下手すると、漫画や映画の話よりも、よっぽどあっけないものなのかもしれません。

最近はあまり聞きませんが、かつて輪番停電の途中途中で「3年以内に国内で震度◯以上の大地震が起こる可能性が90%という試算が~」などというニュースが流れる度に、現金なわたしは真に受けて、そんなことではこれから3年間、メチャクチャ頑張ったところで、全てが滅びてしまうかもしれないではないか。と、やる気が削がれたものでした。

この頃から、所謂「30歳になった時の姿を想像せよ」という声は、何だか現実的じゃあないんじゃないの。と感じるようになったわけです。はっきり言って、いつ滅びるかわかったものではない以上、これはもう、”思い出づくり”に走るしかあるまい。と思うのは極端な話でしょうか。

とは言ったものの、そこまでの終末思想というわけではないので、いきなり髪型をモヒカンにしてヒャッハーッと叫び出したりはしませんし、ゆきずりの女性を抱いてしまうほどのハードボイルドでもないわたしです。

刹那的な暮らし、と言ってもかわいいものではありますが、例えば今年のはじめにPILLS EMPIREに加入したこと、これは白状しますが、完全に思い出づくりです。会社を辞めてフリーの映像ディレクターに転身したのも思い出づくりなら、このコラムの執筆すら、完璧に思い出づくりです。あまり先のことを考えず、今、誘われたものをワーイと言って始めてしまう、というのが”思い出づくり”のコツです。

では「お前はそうした、ある種、自棄っぱちの気持ちでそれらを営んでいるのか」と問われれば答えはノーです。

“思い出づくり”という言葉の持つアホっぽさに惑わされる方もいらっしゃると思いますが、”思い出づくり”はそれほど簡単なことではありません。タイトル上うっとうしいので省略していますが、正確には”素晴らしい思い出づくり”であるべきなのです。

もうお分かりですね。と言うよりも、わざわざ述べる必要のないことですが、何事も一生懸命やらねば”素晴らしい思い出”は作れないのです。

それどころか、”悪い思い出”になりかねません。これはもう命がけの事業でしょう。この1週間だけでもマア頑張ろう、マア頑張って良い思い出を作ろう、という方が、10年先の目標に向かっていくよりも遥かに行いやすそうではありませんか。

あとは忍者が日々行っているとされる伸びゆく木の芽を跳び越える修行の要領で、10年後に気づいたら、オヤ、結構いい感じになっている、というのがこの甘い考えの大目標でもあります。

それは行き当たりばったりでもある以上、”悪い思い出”をいくつも抱え、思っていたのと随分違う未来にいる可能性も大いにあるでしょう。

とは言え”思い出”というのは、全く都合の良いことに、月日が経つことで輝きを増すどころか、全く濁り切っていたものすら、勝手に少しずつ光り出してしまうもののようなので、”悪い思い出”をそこまで恐れることもないと信じています。

とは言ったものの、適当な”思い出づくり”による産物程度がたくさんの人々の心を動かせるものとも思っていませんし、わたしは比較的、真面目な性格の男性であることを、念のため付け加えておこうと思います。

と言ったところで、本日はこれまで。また来週にお会いしましょうね。


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