夢を追うことの脱出ポイントと最終コーナーについて

Posted on 2013.01.15

Category: COLUMN_Mani




遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

と言いつつ、本コラムは今回で最終回です。番外編の10大ニュースを合わせて全13回、週刊ペースで頑張ろうと思いきや、意外とズルズル休載してしまい、初めての週間連載の厳しさを知った次第です。

個人ブログを毎日書いているのなら、1週間で7記事。それに1記事追加した8記事ならば余裕ではないか、と思っていましたが、”ザ・コラム”という体で、告知的な内容を排したものを考えると、なかなか筆も進まないものですね。と思いました。

当然のことながら、この連載が終わっても、KIWAKIWA.jpは続きますし、わたしや皆さんの生活も同じように続いていきます。同様に、他のあらゆるものが続いていこうとも、世の中には終わってしまうことばかりでもあります。

さて、わたしの周りには職業上、”終身雇用”的な、一度就職してしまえば定年までずっと同じ仕事に勤める人生を送ろうとしている人が、あまり多くありません。

現在の所謂サラリーマンと呼ばれる人々ですら、終身雇用は望みにくい社会になっているものの、それでも彼らは、例えばミュージシャン、それからわたしのようなフリーのディレクターなど、当たれば大きく、外れると切ない、山師的な人生を送る人々と比較すると、俗に言うレールのようなものが、多少なりとも見えるように思います。

我々のレールの先は、あるんだか、ないんだかすらもわからない、ぼんやりしたものです。それは闇によるものでもあり、眩過ぎる光によるものでもあります。

歳をとるにつれ、こうした先行きの見えないレールを進むことに対するストレスは増加していきます。そして、多くの人々は様々な分岐的において、比較的、先が見えるレールに乗り換えてゆきます。

そうした乗り換えにも希望が溢れていることは承知の上で、あえて偽悪的な言い方をすると、ある種、夢の終わりを感じます。

最初のポイントは高校卒業のタイミングでしょうか。次に大学卒業、就職の時期です。ここで、大多数が乗り換えをします。わたしたちは遊んでいるわけではありませんが「いつまでも遊んでいるわけにはいかない」と言って、レールを乗り換える友人を、わたしは何人も見送りました。

それ以降もまた「結婚することになったから」「こどもが産まれることになったから」「親を養わなくてはならないから」と言った、具体的な要因が存在するケースに加え、「もうそろそろ30歳だから」という抽象的な要因で乗り換えポイントが到来します。

現在27歳、華のアラウンド・サーティ、略してアラサーのわたしとしても、この「もうそろそろ30歳 問題」に直面しつつ、同世代の同じ問題を抱える友人とも、さて、どうしましょうか。という話になることがしばしばあります。

わたし自身は比較的のんきに30歳を超えても、こうした五里霧中のレールをシュッポシュッポと進む気まんまんではありますが、それでも「大学卒業・就職」という乗り換えのタイミングを逃した後、いよいよ「戻るならここしかねえ」というポイントと思われる”30歳”を迎えるまでの数年が、最も悩ましい期間なのではないか、という気がしています。

つまり「だめだったらどうするんだ」という言葉が最も大きな脅威を持つ時期が、25歳から30歳までなのではないかと思っています。このポイントを過ぎた場合、若輩のわたしにとっては まだ未体験ゾーンではありますが「ここまで来たらやるしかねえ」という気概を持つような感があります。

それ故、30歳を越えたインディ・アーティストには、単なる年の功を超えた、ある種の畏怖を持ってしまうわたしです。音速の壁を超えた先の無風地帯をゆくような、ちょっとした余裕すら感じることも少なくありません。30歳目前世代と比べ、30歳を少し越えた世代の方が、何だか幸福そうに見えるのです。

これは全く各人の人生であり、各位の環境や性格に大きく依存する問題なので一概に何が正しいのかはわかりません。30歳の壁は、現状のわたしからすれば可視的なレールへ向かえる最終コーナーのようにも思われます。その壁の向こうは、霧に包まれた1本のレールしかないのかもしれません。

それ故、そのレールを全速力で走ることができるのかもしませんし、実際のところ、その後に広がる選択肢もまた無限であるとも言えます。良くも悪くも、人生は何が起こるかわからないからです。

兎に角、20代後半の皆さんが、きっと感じているだろう「このままでいいのだろうか」感の理由は上述の通りです。音速の壁を越えるまでが一番しんどいのです。ぶっちぎるのも良し、ぶっちぎらないのもまた良しです。

これを読んで、ようし、越えてやるぜ。と思われた方のその後の人生に責任が持てないのが恐縮ですが、わたしは多分越えてゆくと思います。同好の士としてお互いがんばりましょうね。と思っています。全ての皆さんが良い人生を送られんことを。

と言ったところで、本コラム”加藤マニの思い出づくり”はおしまいです。わたしが30歳を越えた時、本稿を読み直すのが楽しみでもあります。お付き合い頂きどうもありがとうございました。またどこかでお会いしましょうね。


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